齋藤薫 美の格言15

齋藤薫 美の格言15

美の賢者、齋藤薫さんの言葉は、「今、女性がどう生きるべきか」を教えてくれます。ハッとする言葉の数々をまとめてみました。忙しい日々の中、忘れてしまいそうなことに気づかせてくれますよ。

将来を考えてる女と、考えない女、 一体どちらが正しいのか?

結局のところ将来のことを考えるかどうかは、ひとつの“性分”に他ならないのだ。続かなくても、何も積み重ならなくても、将来のことばかり考えている人に、 「考えるな」と言っても無理。あくまでそういう性分だから。逆に「考えなさい」と言われても「先のことはわからない」「今決めても意味がない」というのも、これも性分。でも考えない人は、その分“目の前にあること”に対して、ひたむきに取り組むことが何より大切なのだ。つまり無欲になること。変な欲を出さずに、その日その日を一生懸命。

堀北さんがストイックと言われる理由のひとつも、台本を常に完璧に入れてくるタイプで、将来に前のめりにならず、今日を完璧にやり遂げる人だから。おそらくは、仕事の相手に求愛されたのも、交際0日、いきなり「一緒に生きていきたい」と思われたのも、“野心”より、“今日に一生懸命”が見える人だからだろう。そういう人には、向こうから良い未来がやってくる。9割がた良い未来が……。

どちらにせよ、将来など考える暇がない、考えたくない人は、だからその分“無心”になって、ともかく一日一日を丁寧に。それだけですぐに未来が開けてくる。一方、先のことばかり考える人は、「いつか」は「今」。経験を階段にして、ともかく今日から登り始めば、いつかきっと上手くいく。さあ、自分がどちらのタイプなのか、今すぐここで考えてほしい。答えは明快なはずだから。

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いきなり結婚を申し込まれる女。いきなり別れを告げられる女

かくして、“いきなり結婚を申し込まれる女”は、やっぱりとてつもなく正しい女。それに尽きるが、その境地に今さら行きつくのは無理と、さっさと諦めてしまわないで。“正しいこと”って、そんなに難しいだろうか? それこそ小学生が学ぶこと。日曜学校の子供たちが学ぶこと。「自分にしてほしいと思うことを、人にも同じようにしてあげよう」的な。「他の人のほうがいつも自分より上と考えるとすべてうまくいく」的な……。そういうことって、大昔から知っていたけれど、横に置いて生きてきた。でも大人になってからきっちり思い出すと、けっこうな衝撃で心を打たれたりするもの。それに反することを大なり小なりやってきて、子供の頃には理解できなかったことが、いちいち腑に落ちるから。

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改めて考える。コンプレックスをどこにしまうか。どう活かすか

もともと克服できないコンプレックスなどはない。なぜなら他人から見たら“まったくどうでもいいこと”なのに「コンプレックス」という名の感情になると、途端に人をくすませる。だから持つだけ損。そして持っているのを隠しても損をし、中途半端に出しても損をする、こんなバカバカしい感情もないのだから。それに早く気づくことが、そっくり人間の成熟と言えるのだ。従ってこうも言えるのかもしれない。心に潜んだコンプレックスを大きな意味で解決していくのがすなわち人の成長であり、人生であると。

だから丸出しにしてしまおう。そして自らを笑ってしまう。そうやってコンプレックスをコンプレックスでないものへと変えてしまうこと。オードリーみたいに、昔はコンプレックスを持っていたことが後で勲章になったりもするからだ。

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あなたは攻める人か、守る人か、それは女の人生の大問題

攻め続けるのは簡単だけど、ケガを負いやすい。ひたすら守るばかりも簡単だけれど、前に進めない。だから人生がどちらかに偏ってしまうのは間違いなのだと思う。たとえばあなたはどちらのタイプだろう。いや、どちらかに偏っていることに気づいたら、ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。

誰にとっても人生は山あり谷ありで、いい時もあれば悪い時もあるように、攻めなければならない時もあれば、守らなければならない時もある。そのバランスも大切だし、できるならば攻めながら守るものを守ってほしい。守るために攻めてほしい。それができた時、本当の意味で地に足のついた人生を送れる。

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30代40代変わっていく女、変わらない女一体どちらが正しいか

そして絶対避けたいのは、立場が変わるたびに態度が変わっていくような変化。単純に、エラくなるほどイバるみたいな。いや、歳をとるだけで放っておいても人間、図々しくなっていくからこそ、気をつけないと。人に与える印象や、人に対する態度が、ずっと変わらないことが生きていくうえでのアンチエイジング、となることを忘れないでほしい。大人があまり激しく変わっちゃいけないという意味が、きっとわかったはずだ。「あの人、何だか変わっちゃったね」と噂される時、基本的にあまり良い意味ではないことを、もっと重く見たいのだ。

もちろん変わっちゃいけないとは言わない。頑なに変わらないのはバカげているし、成長がないのはもったいない。向上心は当然のように持っているべきだ。でも成長や向上と、“変わってしまうこと”とは違う。成長や向上で、人にとって心地よい存在へと変わった人は、変わったことをことさらに強調したりしない。ひっそりと変わっていく変わり方が、本物の成長や向上なのだろう。だから周囲はこう噂する。「彼女は知らないうちになんだかどんどんステキになっていくね」。そう思わせる変わり方ができたら理想。

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“別れた恋人”こそ、キレイと人生の検査薬である

これは“昔の恋人”に限らない。“久しぶりの友人との再会”もまた、自らの人生を採点する検査薬となるのだ。

そこで思うのは、そういう場面で堂々と自分から声をかけて、にこやかに自分を相手の前に差し出せる、いつもそういう自分であることが、じつはけっこう重要なのではないかということ。とっさに姿を隠してしまうのは相手に対し、というよりは、むしろ自分自身に対して後ろめたいから。みすみす“負け試合”にのぞみたくないという逃げからなのではないかと思う。もちろん“戦い”ではないが、ひとつの勝負。負けは自分自身に対しての“負け”に他ならないのである。

あなたは、1年前よりも向上しているだろうか? 2年前でも3年前でも、もちろん10年前でもいい。そう唐突に聞かれても……と思うに違いないが、総合的に自分を評価するのは、確かに難しい。でもだから、時々は自分を客観的に見つめ直してほしいのだ。自分は昔より向上しているのかいないのか、ちゃんと女として高い女になっているのか? と。“安くなっている自分”にも目をつぶってしまいがちだから、ちゃんと目を見開きたい。自分という女の評価。単に見た目にキレイになっているだけじゃなく、ちゃんと幸せか? も。

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女は本来がもっと打算的に生きるべきである

どっちにしろ、幸せになるのには努力がいる。黙って待っていてもやってこないから、当然努力も必要だし 、失敗もあるだろう。“幸せになるための計算”はすなわち、“幸せになるための試行錯誤”。苦労して苦労して摑み取った幸せは、いずれも尊い。だから計算は、自分の幸せのために使おう。大丈夫。充分に進化して、世の中がよく見えるようになった今の女たちは、計算しても“独りよがり”にはならない。嫌われない。賢く生きる術を知るだけ。やってみよう!

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開いた女と閉じた女は、かくも明暗を分けてしまう

ともかくは人と会った時に、身体中がパッと全開になり、全身で人を受け入れるように大きく手を広げて、満面の笑みで、「こんにちは」と言えること。逆に、知り合いを見つけた時とっさに身を縮め、気づかなかったふりをするような人との差は、計り知れないものになって来ると、知ること。

それが長い人生においてどれだけのエネルギーの差になってくるのか、どれだけ人に与える魅力の量の差になってくるのか、想像してみてほしい。

だから今日から開いた女へ。あなたは知らず知らず、閉じた女になってはいないだろうか。人生なんだかうまくいかない、そう思う人は、自分が閉じていないか考えてほしい。そして開かせよう。自分自身を。

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人は、人生で二回、方向転換していい。今はそういう時代!

人生設計において大切なのは、挫折だけではない、挫折した直後に方向転換する、そのエネルギーなのだ。近頃よく見かける「あの人は今一体何をしてる?」的な企画で、一つ決定的なことを言えば、申し訳ないけれど落ち目になった時、同じことにしがみついているよりも、思い切った方向転換をした人に輝きが宿っていること。そこには、成熟した人生の進め方が見えるからなのだ。自分自身と自分の人生をきちんと見つめた上で、意思を持って方向転換をする、そういう心の強さと冷静さが、人を輝かすのだと思う。いや、一つのことを貫く人も美しいが、自分の力で舵を切る人も美しい。一番いけないのは自分の人生に対して何もしない人……。

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生きていくスピードの速い遅いが人生を丸ごと変える

よく言われるのは、「習慣はやがて人格になる」と言う法則。例えば、ともかく何かを思い立ったらすぐ立ち上がる……それを無理やり習慣にした時、3日間はひどく辛い、でもそれを乗りこえればいつの間にか本当に習慣になっていく。その頃には、他の事でも積極的に“すぐやる、今やる”という行動パターンが出来上がっているはず。そうなればもうこっちのもの。3ヵ月後、いや1ヵ月後にはもうそれが“自分の人格”になっている。そのくらい単純なものなのだ、スピードなんて。そうするといつの間にか人生が変わっている。人生のスピード感が違っている。するとどんどん良い空気が入ってくる。生きていく環境において、いつも空気が新鮮であるほどに。

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人生の転機は、ある日突然やってくる

つまり身に覚えのない不幸が訪れたとしても、自分の非を本気で探せば、やがてひっくり返って転機そのものが好転するということ。人生はオセロのように白になったり、黒になったりするしかないのだから。表か裏かしかないのだから。それがまさに“ちょっとしたきっかけ”で一斉に表になっていったり、一斉に裏になったりするから、それが転機となる。たった1枚の駒を動かすだけで人生がガラガラ変わる、それが転機。

でもだからといって、臆病になってはいけないと思う。不可抗力によって“悪い転機”に見舞われるくらいなら、いっそ自ら駒を動かして、一斉に表に変えてしまうつもりで良い転機を引き寄せる、そういう生き方をしたいもの。

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女の自己主張って、恐ろしく難しい

たとえば、会議でも通常の会話でも、意見を述べるのはなるべく最後のほうに。できればみんなの意見を聞いてから。じっくり考えて“まとめ”のようなひと言を発すると、自己主張には絶対見えない上に、ずしりと重い意見に見えて、一目置かれる。結局、順番なのだ。人より早く意見を言おうとするだけで、何を言っても“自己主張”に見え、人より少しでも多く意見を言おうとするだけで、何を言っても“自己顕示欲”に見える。意見は量より質。いや、量が少ないほど、質は高く見える。自己顕示しない人ほど、主張は通るのだ。自己主張に見えない自己主張は、決して難しくないのである。

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誰の色にも染まる白い女、誰の色にも染まらない黒い女、どちらが正しいか

男で変わるのは、何かヤワな、ぼんやりした印象の女をイメージしがちだが、とんでもない。自分を変えるというのも実は並大抵のことではなく、大変なエネルギーを要するのだと言うことを、彼女たちを見ると、逆に思い知らされる。だって自らが“作詞家”になったり、“ダイバー”として成功したり、立候補したり、“リゾートホテルのオーナー”になったり、元女優の職歴に男の存在は全く見えない。男に依存は全くしていないことがよくわかるのだ。男との出会いによって、その都度大きく方向転換はするけれど、結果的に男の力を借りずに、自分がその新しい世界の中、新しい環境の中で独り立ちしている。これは大変なエネルギーと言うべきだろう。つまり、男はきっかけに過ぎない。男との出会いによって、自分の中にある、眠っていた才能が目を覚ます。男は彼女にとって“潜在能力覚醒器”みたいなものなのだ。

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“運のいい女と、悪い女”って本当にいるのか?“運のいい女”は、本当に運がいいのか?

そう、以前はこんなふうに思っていた。良いことがあると、必ず悪いことがある。幸運の分だけ不幸なことが起こりうる……でも今思うと、それは運勢を怖がっていた時の自分。

“答え合わせ”するようになってからは、常に、悪いことが起きるのは想定内。でもその分ちゃんと良いことがやってくる……逆にそれが希望につながっていくのだ。つまりコワゴワ生きていたのが、不運を恐れず、自ら運を生み出す勇気が生まれたと言っていい。

言い換えれば、良いことが起きますように……そう思って生きるより、悪いことは起きて当然……そういう生き方の方がじつはずっと楽であると言うこと。少なくとも、災いのほとんどは、過ぎてみると「この程度で済んで良かった」と思えるはずのもの。死なない限り、後でそう思えるからなのだ。

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女友達という魔物について、考える

こうして相手と幸せの比較をしなくなった時、あなたは人間として完成する、そう考えてみてはどうだろう。まさに達観!学校の成績のように、明快に点数が出るものの比較は意味があり、彼女は自分よりよくできるという順位づけをしても構わないが、幸せには点数がつけられない。しかも流動的。死ぬまでどっちが幸せだったかなんて評価はできないのだから、そういう無意味な比較はやめようと気づいた時が完成だ。それならば、せいぜい“仲良しの彼女”の幸せを喜ぼう。そう思えた時が完成。また思えたその人が自分の本当の友。人間には、人として完成した時初めて、一生モノの友達ができるということなのである。 

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