徹底したスキンキャビア推しで名門ブランドを見事よみがえらせた、ラ プレリージャパン社長 粟井佐知子さんの細腕繁盛記

徹底したスキンキャビア推しで名門ブランドを見事よみがえらせた、ラ プレリージャパン社長 粟井佐知子さんの細腕繁盛記

『etRouge』創刊以来の人気連載をweb版にて再録。化粧品ビジネス、コスメを仕事にした経営者・社長に「etRouge』編集長・麻生 綾がインタビュー。今回のお相手は、スイス生まれのリュクスなブランド、ラ プレリージャパンの粟井佐知子社長。社長就任早々、低迷が続いていた売上高を飛躍的に伸ばしたその経営手腕とは?

『etRouge』創刊以来の人気連載をweb版にて再録。化粧品ビジネス、コスメを仕事にした経営者・社長に「etRouge』編集長・麻生 綾がインタビュー。今回のお相手は、スイス生まれのリュクスなブランド、ラ プレリージャパンの粟井佐知子社長。社長就任早々、低迷が続いていた売上高を飛躍的に伸ばしたその経営手腕とは?

現場にいると、何が効果的で何がダメか、はっきり見える。どんな経験も無駄じゃない

BAからスタートした美容業界。店頭で見たこと、学んだこと。

麻生(以下A)粟井さんの英語力はどちらで養われたものなのでしょう?

粟井さん(以下、敬称略)生まれたのは神戸ですが、父の仕事の関係で幼少期と10代、個人的にも2回、アメリカで生活しています。

A なるほど。多感な時期を海外で過ごすとかなり影響を受けそうですが、となると中身はアメリカン?

粟井どうでしょう? コンサバな両親に“日本人らしくあれ”と教育されましたから。ただ、高校1年のときに、親と弟は先に帰国したんですが、学校の関係で私だけ残り、2年間ホームステイを。

A 高校生で親元を離れられた?

粟井カルチャーのギャップは大きかったですね。ただ、休日にキーパンチャーなどのバイトをして、独立心は養われたかも。初めて化粧品を買ったのもそのころでした。

A ひと足早く大人になったんですね。日本の大学を卒業し、コーネルの大学院に行かれたのは?

粟井当時は日本語ブームだったので、卒業後、女子大で日本語を教えていたんです。そこで日本語学の教授と出会い、ティーチングアシスタントとして入学すれば授業料が免除になると聞いて。

A 意外に感化されやすい(笑)。

粟井熱しやすく冷めやすい(笑)。25歳で岡山の実家に戻り、アメリカ大使館の外部団体である食肉業界の代表組織に就職が決まったので、東京へ。啓蒙活動から広報活動まで経験でき、忙しいけれど充実した毎日でした。中でも一番鍛えられたのは、交渉力。

A そのスキルと英語力を買われてクリニークに転職された、と。

粟井でも、現場経験ができる人という条件もありまして。面接のときにうっかり「機会があれば頑張りたい」とか言っちゃったんです。

A それでBA(店頭のビューティ・アドバイザー)を! 大変そう。

粟井家に帰ると疲れて立てないほど。有名百貨店に配属されたんですが、総勢38名の軍隊みたいな(笑)。忙しすぎて誰も教えてくれないから、自分で覚えるしかない。

A 期間はどれくらい?

粟井最低1年~無期限と言われていました。ところが4か月目くらいから急に売れ始めたんです。

A 「朝、目覚めたら急に英語がしゃべれた!」みたいな。

粟井ふふふ。そうなると、お客さまが戻ってくるのが楽しくなるの。当時のクリニークの勢いも重なって、私の売り上げが全国1位になっちゃったんです。で、使命感に燃えて、6か月連続1位まで。

A 辞めたいと思ったことは?

粟井何度もありました。失敗も多かったし。でもそのたびに、尊敬する本社の方がタイミングよく声をかけてくれて。結局1年間BAを務めて本社に。現場にいると、広告の重要性もわかるし、何が効果的で何がダメか、はっきり見える。経験は無駄じゃないんです。

疲れを癒やすはずのアメリカ生活が一転、寮に入りMBAを取得。

A それぞれのフェーズでいろいろ学ばれて。クリニークには何年いらっしゃいました?

粟井7年です。30代後半にクリニークを辞めて、渡仏し、5か月間フランス語の勉強してからビオテルムに。イドラデトックスという製品の立ち上げです。“デトックス”をどう表現するかに苦心して、温泉上がりのツルツル、スベスベ感を打ち出したら、予想を超える大ヒット。

A あれはセンセーショナルでした。

粟井でもね、フランスのビジネスはアメリカとまったく違う。交渉が通用しない根回しの世界で。

A わかる~。フランスは基本お友達文化だから。そして次がゲラン?

粟井実は、その間に主人と一緒にアメリカに戻ったんです。私も疲れていたし、一軒家でのんびり暮らそう、と。でもやっぱり飽きちゃって、MBAを取りました。

A 無駄にしませんね(笑)。

粟井45歳だったんだけど、州立大学の聴講生になって8か月の女子寮生活。これがまた面白くて。

A いつもその場その場を楽しんでいらっしゃるのが、すごい。

粟井で、ご縁があってゲランに。この会社は合理的なアメリカとフランス流の中間という感じ。5年半勉強させてもらったあとに、ファッションの通販メーカーでマーケティングディレクターを。ここではスタートアップの大変さと、コストのシビアさを学びました。

現場とオフィスの連携を強化し、スキンキャビアで原点回帰。

A そして満を持してのラ プレリー。

粟井製品力はすばらしいのに、厳しい状況が続いていた頃です。

A MBAの取得がさっそく生きましたね。社長に就任して最初に何を?

粟井国内19店舗のチーフにお目にかかり、インタビューを。百貨店のバイヤーさんにも可能性がある製品は何かを尋ねたら、皆さん「スキンキャビア」と口をそろえる。やっぱりそうか、と確信しました。

A 実際にどう動かれたんですか。

粟井いかに現場とオフィスのモチベーションを上げるかが課題でしたから、マーケと営業で3日間かけて、プライオリティをつけてやらなきゃいけないカレンダーを作成。自分たちで作ったら成功させたいという気になるでしょう? 入社して2カ月で結果が出ました。

A すごいスピード感!

粟井店舗数が少ない分、スピードとフレキシビリティは優位。コミュニケーションの場も少なかったので、BAさんの生の声を聴く機会を増やし、会議も毎週。スキンキャビアのリプロモートで売り上げもどんどん伸びていきました。

A 新製品ではなく、キャビアの圧倒的な製品力をまだ知らない人に広めていく戦略ですね?

粟井そこ、大きい。あとはオペレーションの強化とか。ラグジュアリーの裏で細かくてこだわりのある変革を続けてるんです(笑)。

A 培った現場主義が生きている。

粟井現場をいかにオフィスがサポートできるかだと思っています。

A 今後はどんな目標をお持ちですか?

粟井アンチエイジングのパイオニアとして、もっと知名度を上げていきたい。だから今年も、全力でキャビア推し! です。

エイジングの悩みに応える鉄板、POWER OF THREE。

〈左〉アルプスの植物を贅沢で心地いいオイルに。ストレスによる乾燥を緩和しツヤ肌へ。スイス アイスクリスタル ドライオイル 30ml¥33,200〈中〉キャビアパールを専用ガーゼに包み、カプセルをつぶしながら肌にくるくるとなじませる朝のお作法で、輝きとハリ肌へ。スキンキャビア 50g¥22,100〈右〉スッとなじむジェル状美容液。乾燥による小ジワをケアし、なめらかな質感に。AG レスポンス ブースター 50ml¥34,800/すべてラ プレリー

Photos: Kiyohide Hori Text: Eri Kataoka Edit: Aya Aso

(『etRouge』2015年5月号より)

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