「目線を自在に変えられるひと」がモテる理由とは? スタイリスト青木貴子がナビ

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立春を迎え暦の上では春。まだまだ寒いですが新しい季節が始まりました。1月よりも何だか始動するぞ!という気持ちが強いひとも多いと思います。春といえ...

立春を迎え暦の上では春。まだまだ寒いですが新しい季節が始まりました。1月よりも何だか始動するぞ!という気持ちが強いひとも多いと思います。春といえば伸びやかとか、しなやかという言葉が似合います。色で表現するなら優しいピンク。春みたいな雰囲気の優しい女性は魅力的ですよね。どうしたらそんな女性に見えるか(なれるか)新しいスタートのこの時に考えてみませんか?

優しさはどこに表れる?

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さて、あなたはどんなときに相手に優しさを感じますか? 何かをしてもらったとき、声をかけてもらったとき、手を貸してもらったとき。ひっくるめて簡単にいうと気に掛けてもらったときに相手の優しさを感じる、のではないでしょうか。相手に目を向ける、気にかける。簡単そうで意外と常にって出来ないものです。自己中心的だとそもそも相手には目もくれない、気にも留めない。仮に相手の困っていることに一寸気がついてもすぐ忘れてしまいます(苦笑)。

でも、でもですよ! 気に掛けてもらったら嬉しいですよね。優しさってまず、他人を気遣うことから生まれてきます。気遣うことをクセにする。これはぜひとも身につけたい。
たとえば何日か前に風邪で熱を出した友人がいたなと思い出したら「元気になった?」とメールでよいのでひと言を送る。それだけで大きな優しさが伝わります。

優しさの第二段階、相手を理解する

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気遣うことが身についてきたら次の段階は相手を理解することが重要です。誰かにわかってもらうって、ときに涙が出るほど嬉しかったりしますよね。とくに窮地に立たされているときなんて、解決をしてもらえなくても、自分の思いをわかってもらえただけで相手を神様みたく感じます。

ではどうしたら相手を理解することができるのか? それは相手の立場でものを見られるかどうかにかかってきます。相手の立場におけるものの考え方や捉え方を想像する。相手の目の高さになって見る。そこには相手を解ろうとする優しさが存在します。

とてつもなく高く遠いタンスの上⁉

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たとえば、小さな子供がタンスの上にあるおもちゃが取れなくて真剣に悩んでいたとします。その悩みたるやそれはそれはその子にとっては地球がひっくり返るくらい大きくて絶望的な悩み(どうしたって届かないし、手に入れられないから)。でもそれは大人になって背も高くなった私たちにとっては取るに足らないことです。だからその子の悩みはちっちゃいかっていうと、決してそういうわけではありません。その子から見るタンスの上はとてつもなく高く遠い。願いが叶わずもどかしい! かつて私たちもそう思っていたはずです。

違う人間の目線はどこを向いて、どういうふうに目の前のことが映っているのか。自分の見方と相手の見方の違い、それを埋めるのは相手を慮(おもんぱか)る優しさなんだと思います。

目線を添わせると見えてくるモノ

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同じ目線でものを見るには、相手の目の高さに寄り添うということが必要になります。同じ目線が心を打つなぁと思ったのは皇后美智子さまが被災地を慰問された際、避難所の体育館で被災者の方々の前で同じ目線の高さまで腰を落として膝をついて悲しみを共有された姿。これは物理的に目の高さを合わしたということだけではなく、お立場を鑑みると同じ目の高さの体勢を取られたこと=心を寄り添わせていますという気持ちを表現されたんだと思いますし、それは被災者の方々に十二分に伝わったのではないかと思います。

相手を気に掛け、相手のものの考え方、捉え方=相手の目線を理解する、そしてさらに寄り添うことが出来たら、それはとっても魅力的な優しさとして映り、どんなひとをも魅了するのではないかと思います。
しなやかに自在に目線を変えられるひとは自分ひとりで感じることができるモノ以上にたくさんの感情を知ることが出来ます。つまり情感が豊かになるってこと。それはとってもとっても素敵な魅力の重ね方なんじゃないかな、と思います。

文/青木貴子

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