松本千登世の『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる(24)』 ‟化粧品が効く体質は、信じる心が作る”

松本千登世の『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる(24)』 ‟化粧品が効く体質は、信じる心が作る”

美容ジャーナリスト・エディターとしてVOCEでも出演、取材、編集、執筆と活躍中の松本千登世さん。その美しさと知性と気品が溢れる松本千登世さんのファンは美容業界だけにとどまらない。こちらの美容エッセイ『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』(講談社)から、ぜひ今日も、「綺麗」を、ひとつ、手に入れてください。

化粧品が効く体質は、信じる心が作る

花粉が飛び交うある春の日、レストランの取材に行きました。ひどい花粉症の私は、涙目、鼻水、くしゃみ……その醜さを見るに見かねたのでしょう。「花粉症?」と彼。「はい、こんな調子で申し訳ありません」と私。

すると彼は、厨房裏からわざわざ錠剤と水を持ってきて「これ、飲めば?」と手渡してくれました。笑顔と気遣いに感動を覚えながら、その場でごくり。すぐに楽になり、おかげで無事、取材を終えることができました。

そして編集部に戻り、こんなことがあったんだよ、素敵な人だよね、と同僚に報告しているまさにそのとき。

「調子はどう? 花粉症落ち着いた?」とシェフからの電話。そして? 「さっき飲んだあれさ、じつはビタミン剤だったんだよね」。

聞けば、すべては私を試すための彼なりのジョークだったのだそうです。どうやら「花粉症なんて、気のせい」と言いたかったらしい。

でもでも、効いたもん。本当に楽になったんだってば、と、思わず心の中で叫びました。不思議だけれど、確かに効いたのです。

じつはこれ、「プラシーボ効果」と呼ばれるもの。薬だと信じ込むことで本当にその効果が表れる、つまり、「思い込み」は、実際に体にいい影響を及ぼすってこと。脳が信じると、体はその通りに反応するということの証明なのです。

以前、研究者のインタビューで化粧品が効く体質とそうでない体質があるという話を聞いたことがあります。

実際に、モニターテストをしても「化粧品の力ってすごい」と信じやすい人と「どうせ、大したことないんでしょ?」と疑い深い人とでは、雲泥の差が生じるのだ、と。

じつはこれ、プラシーボ効果だけではないのだそうです。化粧品の力を信じる人はそうでない人よりも、使い方が誠実で丁寧。量をきちんと守る。朝晩ちゃんとケアする。手のひらできちんと温めてから、いたわるように肌に触れ、届ける。知らず知らずのうちに「効かせる使い方」をしているのだ、と。

信じる女でいたいと思います。「効いてね」と話しかけながら化粧品と付き合える、そんな余裕のある女でいたい、と。

太陽との距離は、近いほうがいい

「街で日傘を差している日本女性の写真を撮らなくちゃいけないの。モデルになってくれないかな?」。取材でパリを訪れたとき、現地在住の女性カメラマンに、こう頼まれました。

聞けば、晴れてるのに「傘」を差しているのは、日本女性だけ。それがパリジェンヌたちは不思議でたまらないらしい。せっかく晴れてるのに、なぜもったいないことをするの? しかも面倒で窮屈なのに、信じられない。そんなエッセイのイメージカットが必要だというのが理由でした。

もともとフランス女性は、「日焼け肌がステイタスの象徴」であるという意識が根強くあると聞きます。ヴァカンスに南の島を訪れ、海辺で贅沢な時間を過ごした証としての日焼けに価値を見出しているのだ、と。

さすがに今は、紫外線の悪影響が広く知られるのと同時に、価値観の多様化もあり、そのような意識も薄らいでいると言うけれど、それでもまだ、「日傘男子」が出現するほど、私たち日本人の「紫外線恐怖症」的傾向は、理解を超えているのでしょう。

そういえば、と思い出しました。ある晴れた日、公園で綺麗な空をバックにあるパリマダムのポートレートを撮影するとき。本番ぎりぎりまで日陰にいてくださいね、日焼けしちゃうと困りますからと私たちが心配すると、マダムはこう言いました。

「太陽の悪口を言わないで。晴れていると、自然と顔が上向きになるでしょう? それは、太陽が私たちの幸せな気持ちを引き出してくれるから。むしろ、太陽の下にずっといたいわ!」。

紫外線の悪影響が叫ばれるほどに、私はどこか逃げたり隠れたりという後ろ向きの意識を持っていた気がします。無意識のうちになるべく太陽の下にいる時間を少なくしたい、そう思っていたのじゃないか、と。

でも本来、紫外線から身を守るのは、太陽の絶対的な愛を享受するため。UVケアも日傘も帽子もそのためのツール。もっと太陽との距離が近くていい。そのほうが人として健やか。これが、マダムの笑顔から学んだこと。

圧倒的な目力が、顔の粗を消す

子どもの目って、力強い。青を感じさせるほど透き通った白目と、眩いばかりの光と濃密な深さを湛えた黒目。甥に会うたび、そう感じていました。

ところが、小学6年生になった彼に久しぶりに会ったとき……。それまでとなんだか違う。背が伸びて、急に大人びた印象になったみたい。

何より戸惑ったのは、彼と目が合わないこと。「子ども」と「大人」が混在する微妙な心を持て余しているのか、私にそれまでのような無邪気な視線を向けてはくれませんでした。

すると……? 思い切り日に焼けた肌の質感は、ちょっぴりタフな男らしさを予感させる。へーっ、こんなに骨太な輪郭だったんだっけ。唇の形、意外と私に似てたのかもしれない。首、意外と長かったんだね。いつもはあの圧倒的な目力に引き寄せられて気付かなかったけれど、彼の本当の「顔」を観察することができたのです。

ふと思いました。裏を返せば、目力の「効用」はここにあるのかもしれない、と。

目が合わないから、私の視線は彼の顔のパーツを行ったり来たりできました。でも、もしまっすぐに見つめられていたらきっと、目の印象しか残らなかったはず。つまり、目力の強い人ほど、顔の他の部分に目が行かないってこと。どんな肌だったのか、どんな唇だったのか、どんな輪郭だったのか、不思議と思い出せない……。そんなことが起こるのじゃないか、そう思ったのです。

自信を持って相手の目を見つめられるだけの目力を鍛えれば、シミもシワもたるみも、気にならなくなる。そんな逆転の発想も大人には必要に違いありません。

ふと、ポートレートを撮るカメラマンの言葉を思い出しました。「目力が強い人ほど、記憶から『顔の粗』が消えていく」。だから、効くアイケア。記憶から顔の粗を消すために、毎日毎日……。


結局(けっきょく、丁寧(ていねい)な暮(く)らしが美人(びじん)をつくる。今日も「綺麗(きれい)」を、ひとつ。

【バックナンバーはこちら】

■松本千登世『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる』

関連キーワード

関連記事