【齋藤薫の美容自身】すべてのことに意味がある。そう考えると、人生とたんに楽になる。

【齋藤薫の美容自身】すべてのことに意味がある。そう考えると、人生とたんに楽になる。

人気連載「齋藤薫の美容自身 STAGE2」。 今月のテーマは "すべてのことに意味がある。" について。毎月第2水曜日更新。

君に会うために、独身を通してきた 

 生涯独身を宣言していたはずの、ハリウッド最後の独身モテ男、ジョージ・クルーニーが、あっけなく結婚してしまった時、彼はきっと相手のアマルに繰り返しこう訴えていたに違いない。
 「僕は君に会うために、今まで独身を通してきたんだよ」
 実際それまで、元女子プロレスラーや近所の店のウェイトレスを公認の恋人にしていて、それなら自分も彼女になれるかもしれないという夢を全女性に与えていたのに、ド美人の国際弁護士とは、たちまち結婚してしまうこの男に、全女性が騙された気になったもの。でも本人にしてみれば、逆に、そうか、すべての自分の行動はアマルに会うための布石に他ならなかったのだと、妙な納得をしたはず。「なるほど、すべてのことに意味がある」、そう確信したに違いないのだ。

 同様に、長く独身でいて40代、50代でポンと結婚した人も同じことを思う。自分が今までなかなか結婚できなかったのは、この人に会うためだったんだと。さらに、結婚、離婚を繰り返した人も、何度も失敗したのは、この人に会うためだったんだと思ったりする。ちょっとご都合主義にも見えるけど、でもそれ、本当かもしれない。正しいかもしれないのだ。

 失敗にこそ、ちゃんとした意味がある。挫折や苦悩にこそ、のちのちわかる、明快な意味が宿っているのが、人の人生だからである。

 あるスポーツで怪我をして、別のスポーツに転向したら、大成したという話はよくあるから、文字通り怪我の功名ってあるのだろうし、実はあのオードリー・ヘプバーンも、もとはバレリーナ。身長が高すぎるというハンディがあったこと、戦争中、非常に貧しかったことから、もう少し稼げるという演劇の舞台に出たのが、女優になるきっかけだったという。

 そして、今や、飛ぶ鳥を落とす勢いのホラン千秋……ニュースワイド系帯番組のキャスターを務めるほか、コメンテーターに女優、バラドル的なポジションまで、過去に例のないマルチな活躍を見せる人だが、大学卒業後、すべての民放キー局の試験を受け、すべて不合格に終わるという大きな挫折を味わっているという。しかも、その後、スーパーのレジのアルバイトをしていたというのだから、さらに驚き。でも、決して腐ることなく、黙々とレジのバイトをしていたが、長かった髪を切ったあたりから、急に仕事が舞い込んでくるようになったという。そして、話のうまさから大抜擢が続く。

 ひょっとして、局アナからスタートしたら今のようなスーパーマルチの活躍はなかったかもしれない。また、地味な性格で社交性ゼロだったというが、さまざまな場面に対応できるようになったのは、スーパーのレジなどのアルバイトで人間観察をたくさんしたからと語っている。ここまで有能かつ美貌の逸材が、全局落ちたことには、まさにいろんな意味が宿っていたといわざるを得ない。

 この人はまだ30歳。早々と挫折の意味が浮き彫りになったわけで、人の人生、本当にわからない。慌てて人生を決めてはいけないのだ。訳あって、遠回りをさせられることって少なくないから。もちろん、もっともっと時間がかかって、忘れた頃にようやく意味がわかってくるケースもたくさんあるはず。

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人生は遠回り、複雑な分だけ、意味を持つ

 ふと思うのは、アカデミー賞のアクシデントでも話題になった『ラ・ラ・ランド』こそ、“すべてのことに意味がある”という物語だったのではないかということ。あの映画を見た人は、きっといくつかの疑問が残ったはず。(この後、十五行程ネタバレあり)最大の疑問は、なぜ二人は結ばれなかったのか? でもそれは共に成功を目指す者同士、恋人以上に“闘う同志”であったから。

 お互い相手の成功を望んではいるけれど、でも、先に成功してほしくない的な思いがなくはなかった。嫉妬とは違う感情で。だからこそ自分が先に成功してしまうことへの抵抗もあって、それが、二人を無意識に引き離したのではないか。

 しかし二人が出会わなければ、二人とも成功はなかったかもしれない。奇妙な出会いから、曖昧な交際まで、すべてが二人にとって深い意味のあることだったのだと思う。お互い成功するための。

 人生はいたずらに、複雑なルートをたどりたがる。直線距離ならすぐにたどり着くところへ、遠回りしたり、紆余曲折したり、それが人生だと思うのだ。『ラ・ラ・ランド』では恋愛こそその遠回り。それで傷つけあったり、どこかで競い合っていたり、でも結果としてお互いを成功に導く見えないエネルギーをそれぞれに送りあっていた。そう考えると本当に辻褄が合ってしまう。

 たとえば、5年も6年も付き合って、別れてしまうと、女は損した気になる。これって自分の人生に必要なかったんじゃない? そう思うような何年間も、決して無駄ではなかった。ちゃんと意味があるものだったのだと考えると、不思議にすぐ次の出会いがある、とはよく言われること。仕事でないがしろにされても、大きな失敗をしても、意味を考えたとたん、すべてのネガティブが、必ず別の何かに導かれていくのである。

 自分自身ある時期から、すべてのことに意味があると思うようになり、それからすごく楽になった。なんだかうまくいかないことがあっても、ひどく悲しいことがあっても、納得のいかないことがあっても、これは必ず将来意味を持つことなんだ、そういうふうに自分に言い聞かせることで心が落ち着き、むしろ起きたことに冷静に対処ができるようになった。

 もちろん、将来それがどんな意味を持つかはわからない。悪いことが良いことにそっくり好転するという保証はない。ただ、これは今自分が体験しなければいけない、でなければ前に進まない、そういう種類のものであるのは確か。ただ、悪いことを100パーセント不幸な気持ちに変えないことに繋がるのは確かなのだ。なぜならば、物事の本質をきちんと見つめなければならなくなるから。

 無意味に腹を立てたり、無意味に落ち込んだり、そういうことが減るのだ。それより、この事態をどこまでも冷静に受け止めて、どう考えれば、より良い方向に向かうのか、それを自分自身でも進んで考えるようになるのだ。放っておけば好転する、そういう他力本願の考え方を不思議としないようになるのである。

 さらには、誰かのせいにして終わるということがなくなる。全部自分ごととして考えられるからだろう。どんな悪いことも、仮に相手が悪いことも、これは自分のために起こっている。自分に必要だから起こっている。そう思うようになるから、他人のせいにしなくなるのだ。

 実はこれが一番大切。人間、どんなことが起きても誰かのせいにして終わると、全く成長がない。それだけは避けるべきなのだ。

 そう、逆に良いことが続くような時も、これには意味があるとちょっと疑ってみるべき。良いことだらけだと、まるで自分がそれを引き寄せているような、強靭な力をつけてしまったような、そんな錯覚に陥りがち。でも決してそんなことはなく、良いことが続く時は、逆にそこに潜む意味を読み取らなければいけない。その証拠に、なんか最近良いことが続くなと思ったとたんに、必ず悪いことが起きる。そういうことが何度もあった。きっと私だけではないと思う。みんなの人生においてもきっと同じ。だから良いことが続く時ほど警戒心を持たなければいけない。調子に乗ってはいけない。

 すべてのことに意味がある。良くも悪くも意味がある。それだけは忘れずに生きよう。正しくより良く生きるため。

撮影/戸田嘉昭 スタイリング/細田宏美 構成/寺田奈

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